血尿が出る。

 昨日、自治体から電話があり、介護保険申請のためには直近3カ月以内に通った医者による意見書ではないとダメとの連絡があった。父にはかかりつけの医者がいるのだが、もう2年も通っていない。なんだかんだ言い訳をしては通わない。ある時は、年2回健康診断を職場でしていて、その度に異常はないということ言われているから行かないと、またある時は、遠いから行くのが辛いと老人アピールをして逃げ回ってきた。そのため、私や母が薬をもらいに行ったり、父の症状を報告したりした。しかし、2年間のブランクはやはり理解してもらうのは難しかったようだ。一応、別の病院には月一回、通っているため、そちらにお願いする予定である。ダメならダメでもう介護保険は諦める。なにしろ、去年申請したものの、全く利用しなかった。私には介護保険は、準備が大変な割に、割に合わないというのが正直な印象である。母は、これからやくにたつかもしれないというお願いがあったから、仕方なく私は色々と手はずを整えるつもりである。

 あと、昨日、夜中にまた父がギャーギャー騒いでいたので、起きてみると、血が尿道がぽたぽた出ていた。なんか、ドロッとしたものも出てきて、気持ち悪かった。私は、パンツを脱がせて、紙おむつにした。こちらの方が、血はでてもダメージが少ないからであり、父も珍しく素直に応じた。

 ここの所、本当に私の方が仕事でヘロヘロになってしまい、中々ブログが更新できていなかった。ここからすこしずつ更新を再開したい。

土曜日なのになんか疲れる

 昨日は、母が買い物に外出した後、私は自室に引き籠っていた。したがって、父が居間でいつもの通り、何やら電話をしているような気がしたが、何をしていたのか、どこに電話をかけていたのかは分からない。相変わらず、しつこく電話していたのだろうが、昨日の私は止めに行く力もなかった。ここ最近の仕事のせいで、疲れ切っていた。それにこの先の事を色々考えていくと、色々とモヤモヤしてくる。父の事が、何といいうかどうでもよくなってくるのである。

夜11時過ぎに電話をかけようとする。

 相変わらず、頭のおかしい言動を繰り返す父であるが、昨日は、私は外出しており、日中の言動はよくわからない。でも帰ってきて、ちょうど夜の11時ごろ、父は、元の職場の同僚の家に電話をかけていた。私が止めろと注意したら、「どうせ誰にもかからないし」とかぶつくさ文句を言って、電話を未練がましく見ながら、自分の部屋へ逃げて行った。なんというか、もう悲しくなってくるのである。だれにも頼れないし、頼られないし、この男にとって生きるということはどういうことなんだろうか。生きていて良いことなんてもうないだろう。世の中には、訳知り顔で、家族がそんな認知症患者に生きてて良いことを見つけてやるんだよとか言ってきそう人達もいるのだろうだが、私から見れば、そんなことやれたのならとっくにやっていると言いたい。

 この男がショートステイとか介護のサービスに応じてくれるのだろうか。もし、応じてくれるのであれば、私はともかく、少しは母の負担を解消できるのにと思う。

 それにしても久しぶりのブログである。ここの所、人の尻拭いばかりしている。猛烈に眠い。

 

 

朝まで起きている。あと入浴(前回2月2日)

 とにかく、朝まで起きている。本日の朝の4時過ぎに、手帳と元の職場からもらった日程表を睨みながら、何かブツブツ言っている。化け物じみた体力である。たしかにやることが無いし、何か体力を使う仕事をしているわけはないとはいえ、毎度毎度、驚かされる。ご飯もそれほど食べているわけではないのだ。筋トレをしているわけではないので、筋力も衰えていく一方である。にもかかわらず、こと、元の職場のことになると、異常なパワーを示す。

 あと、2月2日以来の入浴である。明日が日曜を含む連休であるはどうやらわかっているようだ。にもかかわらず、風呂に入るとはこれはどういうことだろう。

 今日、朝ニュースを見ていたら、高齢者の家族の介護をする社会人を「ビジネスケアラー」というらしいことを学ぶ。そのニュースの中で、介護は「情報戦」ということを言っている人が、まさにその通りである。学べば学ぶほど冷静さを獲得できるのである。私の母はそのことを分かっていない気がする。もっと勉強する必要がある。

介護保険の訪問の日程を決める

 昨日は外出していたこともあり、外出している間のことはよくわからなかったものの、おおよその事は予想できる。おそらく、また、元の職場に電話攻勢を仕掛けていたのであろう。私が帰ってきてからも同じように電話攻勢を飽きずに続けていた。何度、私や母が説明してもダメだった。元の職場の方が説明しても、全部のうちの一部が解決しただけで、他の部分がまだよくわからないとぶつくさ文句を言い、また、タイプライターを求めて、家の中を探し回ったりした。

 私がこれを書いているのが朝の5時30分頃だが、まだ起きている。もう「特級呪霊」と化しつつある。私が寝ている間も、元の職場の事をずっと考えていたのだろうか。心底気持ち悪く思えてきた。

 昨日はそんな特級呪霊とかしつつある父の介護保険に必要な主治医意見書の作成に参考になるような資料を主治医の先生に送り、そして、介護保険の認定調査の実施日も何とか決めた。少しずつではあるが、私に課せられたノルマを消化しつつあることが嬉しい。

去年の今頃は救急車に何度もお世話になった。私は3回、母は1回、救急車マスターと化していた気がする。それに比べれば、なんか落ち着いている。

自分の事をご意見番とおもっているらしい。

 昨日、久々に雪が降り、比較的早く家路についた。父は相変わらず、元の職場や元の職場の同僚の自宅に電話攻勢を仕掛けていた。雪の影響等については、多少は気になっているようだが、基本自分の事で頭がいっぱいらしく、電話をしては誰にもつながらず、また別の方の家に電話をしては繋がらずを繰り返していた。ボケる前の父は、翌日の家の周りの雪の事も考えていたし、スコップを持って雪かきをしたりしていた。もはやそんな父を見ることはできないだろう。雪の降る空を眺めながら、何というか物悲しい気分になった。

 父は父で自分の事をご意見番のような立場だと認識しているようだ。父によれば、本当は、元の職場に関わりたくはないのだが、元の職場から色々電話がかかってきて、自分に相談してくるとのことである。そして、もうほとんど、漫画に出てくる「やれやれ系」の主人公みたいである。本当に幸せな頭だなあともはや羨ましさすら覚えるのである。話していると、私の頭が痛くなってくるので、テレビをつけて、もう強引に話を変えたりした。

 このブログを書いているのが、6日(火)、朝の8時である。まだ、雨は降っているが、昨日、予想していたほどの雪は積もっていない。少し、雪かきをしてみようと思う。

手帳を渡してやった。

 昨日の父は、終日家に居たが、あいかわらず、元の職場に電話攻勢をかける等、飽きずにいつもの行動を起こしていた。当然、土曜日は休みなわけで、どこにもつながらず、馬鹿みたいに一人で勝手に悩んでいた。

 あと父には今年の手帳を渡した。今年は手帳を買っておらず、この手帳を買いに広尾迄行こうと何度も試みては、店の名前が分からず、帰ってきていた。なんでも、この手帳は、広尾でしか手に入らないものだとか言っていたが、アマゾンで検索をかけたら普通に販売していた。それ故に一昨日注文し、昨日到着したという塩梅である。

 父は、さすがにびっくりした様子だが、素直に喜んでくれたようだ。私が立て替えた分の金を払ってくれた。