昨日は特に何もなし

 昨日は外出していたこともあり、父の日中の様子はよくわからないが、帰ってきた時は、ご飯をちょうど食べ終わって、ボケ〜とした感じで座っていた。

 そして、「外は誰も歩いていないだろう」と話しかけてきた。父は、外から帰ってきた母や私に向かって、毎回、このセリフを言う。自宅の周辺は静かな場所なので、確かに人は少ないかもしれないが、それでも家を出れば、人は歩いていたりする。引きこもらず、もっと外に出て欲しい。そのようなことを父に言うと、父は外出しているという認識でいるらしい。自分は今日は2回家を出入りしていると私や母に返事してくる。母に聞いても父は今日は外出していないと言う。

 父には最低、5分でも家の周囲を散歩するだけでもして欲しいと思っているのだが、父自身が、すでに外出した気でいるため、私の言うことなど聞かない。私が力づくでやれば、言うことを聞くのかもしれないが、私自身、もう疲れてしまっている。もう3年前ほど、やる気も元気もなくなっている。

昨日は入浴した

 昨日、父は久しぶりに入浴した。しかし、なんで、何時も夕方になると、入りたがるのだろうか。私が買い物に行けなくなってしまうのだ。おかげで、私は夜の9時過ぎに買い物に行くことになる。面倒くさい。帰ってからも、足に付けたレッグパックからチューブが外れて、おしっこが漏れたと大騒ぎになるし、なんというか、色々と忙しいのも重なり疲労困憊である。そんな私がぐったりしているのを横目に父はダラダラと夜遅くまで起きているのがなんか腹立つ。

久々の更新

 何とか、年度末の作業を一通り、乗り切ったような感じである。ホッとしている。ここから、自分の作業ができればと思っている。

 父に関しては・・・まだ、相変わらず元の職場への執念を忘れてはいないようである。もうまもなく認知症の発覚から4年目になるというのに・・・。ボケというのは、心底恐ろしい。2022年4月22日。この日は二度と忘れないと思う。

 先月から、月一度、父を連れて病院に連れて行くのをやめて、病院からこちらに来てもらうことにした。金はかかるが、父を連れていく疲労から解放されたのは嬉しい。これまで、父を連れていくと、本当にその日全く動けなくなるくらい疲れる。次の日も起きれなくなるくらい疲れる。本当に疲れる。当の本人だけがバカみたいに元気なのが、またとても腹が立つとストレスだらけだった。

 これが無くなっただけでもとても嬉しい。

 とはいえ、ちょっと高い。高いのは何とかしてくれとは思う。もっと稼がなければと思う今日この頃である。

 あと、職場への出勤を一時間遅くした。これで、朝、食事やら洗濯やらを少し余裕をもってすることができるようになった。ちょっと嬉しい。いやちょっとどころではないか。

何か昨日風呂に入ったようである。

 昨日は、外出していたため、父の様子はわからないが、昨日、風呂に入ったようである。それも、レッグパックを付けたままである。時々、やらかす。本当に腹立たしい。以前の私だったら、その事実を知ったら激高していたと思う。しかし、今の私は、疲れ切っていることが多く、父の奇行をとめることができない。情けない話である。

段々と温かくなってきた。

 温かくなるにつれて、父も活発に動き始めるのだろうか。温かくなるのは大歓迎なのだが、父の動きにはうんざりする。

 昨日は、仕事で疲れて、家に帰ってもすぐに寝てしまった。だから、朝3時に逆に目が覚めてしまった。

 どうでも良い話だが、最近の若い人達はしっかりしている。自分が老害であることを色々と自覚できた。

 自分の父親を見ればわかることなのだが、頭が固いのだ。もちろん、そうでない方々いるのはしょうちなのだが、少なくとも私の家系はどうしようもないくらい頭が固いようである。色々と昨日は思い知らされた。と同時に私にとっては、年若い人達から色々と学ぶことの多い一日だった。

 

 

昨日の夜に書いていた

 昨日の父の事については、特に書く事は無い。なぜなら、昨日のブログに既に書いてしまったからだ。なのに、おもわず、朝から書いてしまっている。父については、昨日書いた通りである。何故かネクタイ・スーツを着てひたすらだれか分からないが電話をかけている。85才の御爺さんのバカみたいな絵づらだが、本人は大まじめである。

 多分、今の時期は寒いから、直ぐに諦めると思うが、だんだん温かくなると、そのまま、飛び出していくと思う。認知症の人すべてがそうであるとは言わないが、我が家の父に関しては、図々しいから、自分の心地よさを最優先にして行動するのだろうと思う。