やっぱりだめでした。

 昨日は、土曜日であり、父の勤め先と妄想している学校も夏休みに突入し、父も大人しくしているかと思ったが、今度は病院に行った行かないで一人で混乱していた。どうも、忘れないようにメモをつける習慣をつけたようではあるのだが、メモの記述がかえって混乱を引き起こしているようにも思える。例えば、昨日「7月9日病院」というメモの記述があり、案の定父は病院に行かなければ、と大騒ぎする。しかし、実は、おとといの8日に病院に行っている。間違って行ったのであるが、そのことを忘れているので、9日にメモの記述にしたがって、又行こうとする。何とかこれは止めたのであるが、メモも書けばよいのではないと改めて思った。

 あと、昨日の出来事としては、物忘れ外来に行った方が良いと父に進めたのであるが、父は行かないと頑迷に主張し、遂に我々から逃れるように2階へと消えていった。

 あまりこんなことは言いたくないが、昨日ネットの記事で、自分が認知症であると疑いを抱いた人が自分で病院に行ったという記事を見た。父と比較すれば何と勇気のある人なのだろうと思ってしまった。正直、色々と認知症になると父のダメな部分、どうしようもない部分が見えてくる。こうした振る舞いを臆病と非難するのは酷だということは十分承知していているつもりではあるが、色々とよそ様と比較してしまう。

 なんというか、もう、(que será, será 「なるようになるさ」)が頭に鳴り響いているし自然と口ずさんでしまう。やさぐれた一日であった。