人間どこまで鈍感になれるのか?

 昨日、父は歯医者に行ってきた。ところが、歯医者への道筋がわからなくなり、母に何度も聞いた挙句、結局、道中、道行く人に歯医者の場所を聞き、最終的には交番を訪ねて解決したらしい。先週だか、先々週に行った場所を忘れてしまったのであり、衝撃を受けずにはいられなかった。しかし、父は、「誰もこの辺の人は知らないんだ」と尋ねた人や交番の人の無知を指摘しただけで、自分の健忘状況には、微塵も不安を抱いていないようだった。私がこれはとても深刻な問題なんだがと指摘しても、何も関心を示さない。この鳥頭な状態は結構深刻で、一昨日もトイレに何かを落としたらしく、私が降りてきて確認すると、父はもうトイレから救い上げて、それを乾かして捨てたから大丈夫だと私に伝えた。私が何が落ちて、それをどこに捨てたのかと問うと、「忘れた」、「思い出せない」と返答した。私は、思わずブチ切れてしまったが、こんな要領を得ないやり取りが、すでに起きているのだ。

 もう、社会性とかそうした人として生きる能力が失われるのも時間の問題のように思えてきた。